こんにちは、とまじゅです。
Googleマップを見ていて偶然見つけた場所です。
源頼政の首塚について紹介しようと思います。
源頼政の首塚について
頼政の首塚は寺を囲む小高い山の上にある。寺の境内が一望に見渡せ周囲の田畑が続く源平の合戦の一方の旗頭としてその知将ぶりをうたわれた頼政である。美濃路の片田舎に葬られるとは生前に考えたことがあるのだろうか。明治の歌人税所敦子が頼政の死を歌に託している。
ほととぎす
雲井に泣きし夢さめて
扇の芝に秋風ぞ吹く
治承4年(1180)源頼政が以仁王を奉じ平家打倒の挙兵をしたが敗れ宇治で自刀した。この首級を家来である渡辺播磨二郎と猪早太が頼政の伯父、山県三郎国直の居地である美濃国山県群上野(植野)へ葬った。これにより、国直の妹(参議俊雅の母)が頼政追善のこの地に金光山蓮華寺を建立した。
尾張藩家老石河正光はごの墓所である蓮華寺が500年の歳月を経て荒廃しているのを嘆き、この地が領地であり且つ頼政は縁祖であることから寛文6年(1666)源頼政の500年忌を盛大に営み菩提寺として蓮華寺を再興、大和長谷寺の僧小池信海を開山とした。
境内にある高さ3mの亀が台座の墓碑は500年忌に石河正光が建てたもので、源頼政の首級が葬られた経緯並びに500年忌を営んだ経緯などが記されている。碑文は江戸時代の儒学者林羅山の孫林常春が選したものである。
なお蓮華寺の寺号は源頼政が出家して蓮華寺と号したことによると伝えられている。


源頼政の首塚の基本情報
住所:岐阜県関市植野810−1 (蓮華寺敷地内)
駐車場:あり
アクセス
関市にある蓮華寺あ(れんげじ)の敷地内にあります。
お寺の向かって左側の山側に源頼政の墓碑があり、その墓碑がある場所から山道に入り、2分程歩くと首塚があります。

山道を2分ほど歩きます。
源頼政の首塚へ実際に行ってみて
首塚は蓮花寺の向かって左側にある墓碑から、更に少し山道を歩いた場所にありました。
首塚の近くには『源頼政首塚』と書かれた石碑があり、そのそばに首塚があります。
首塚と言うと現代を生きる僕にとっては少し物騒な印象も受けます。
どんな経緯でどんな気持ちで、この首塚は建てられたのでしょうか。
時代も違うので、考え方や違うのは当然ですが、奇妙な気持ちになりました。
首塚は破損している箇所もありワイヤーで補強されていました。
首塚に刻まれている文字は何と読むのでしょうか?
それとも文字ではなく、呪文のようなものなのでしょうか?



源頼政の墓碑
Googleマップを見ながらたどり着くと、目についたのは写真のような石碑。
これが源頼政の首塚かと思い眺めていました。
後から分かったのが、この写真は首塚ではなく墓碑だったようです。
墓碑には碑文が刻まれていますが、読み取ることがはできませんでした。
境内にある高さ3mの亀が台座の墓碑は500年忌に石河正光が建てたもので、源頼政の首級が葬られた経緯並びに500年忌を営んだ経緯などが記されている。碑文は江戸時代の儒学者林羅山の孫林常春が選したものである。


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